事例紹介 / 新築 ビル
エコガラス並ぶ白い船
商工会議所が挑んだZEB建築
岡山県 倉敷商工会館
- 立地
- 岡山県倉敷市
- 構造種別
- S造7階建
- 延床面積
- 3169.86㎡
- 用途
- 事務所等
- 竣工
- 2022年
全国初。ZEB Ready認定を勝ち取った商工会議所
中国地方、備中エリアの経済生活圏を支える商工会議所が建物の省エネ化に成功しました。全国で初めて、商工会館としてZEB Ready認定された倉敷商工会館が今回の主役です。
倉敷市は幕府の天領として栄え、近現代においては紡績や重化学工業分野で屈指の生産実績を誇るまち。蔵造りの建物が連なる美観地区でも有名です。
市内を流れる高梁川は江戸期から舟運が発達、特産の砂鉄やベンガラを高瀬舟で全国に運んでいました。
鳥取との県境にはじまり瀬戸内海に注ぐこの川の流域には独自の文化経済圏が形成され、倉敷を中心に7市3町で構成される『高梁川流域圏』として今も健在です。
倉敷商工会議所もこの経済圏を支えています。「地域活性化のためなら政府にもモノ申す。商工会議所とはそういう存在です」と、倉敷商工会議所理事で総務部長を務める井上裕康さん。
地方自治体を単位に設置され、広く一般の福祉に貢献しまちづくりを担う。今回で3代目となる商工会館も、そのスタンスを前提に設計されました。
デザインモチーフは“外輪のある帆船”。地域にひらき、災害時は避難所に
入口手前にピロティがある白亜の7階建は、舟運の歴史を映して外輪のある帆船がモチーフ。敷地内には庭園もしつらえられ、隣接する医療施設とのゆるやかな緩衝帯となっています。
1階にはカフェやコワーキングスペースを置き、地域にひらいて誰でも利用できる空間としました。
木調のインテリアに白壁と青色の床。玄関ホールにはベンガラ塗の壁が屹立する色彩豊かなスペースです。
上階にはオフィスと会議室群。2階を商工会議所の専有フロアとし、3階以上にテナントや貸会議室を入れました。
どの階も東南側にデッキテラスがあり、自由に出入りして外の空気を吸えます。が、そんな“癒し”以外の役割も実はあるんですよ、と井上さん。
商工会館は倉敷市と協定を結んだ、災害時一時避難所指定の建物です。
高梁川最下流にあたるこの地域は昔から干拓や埋立が繰り返され、数多くの洪水や高潮被害を経験してきました。
現代のハザードマップでも、市内中心部を含め広い範囲に洪水浸水想定区域がおよんでいます。2018年の西日本豪雨で受けた大きな被害も記憶に新しく、地域防災の一翼を担うことは商工会議所にとって自明でした。
1階東側には2階テラスへ続く屋外階段があり「浸水時にはここから救命船に乗り降りできます」。非常時に立体桟橋となる機能を持たせたのです。船を模した外観といい、水や水害に対する強い意識が感じられます。
各階テラスも「災害時に避難してくる人々の居場所をなるべく多く用意した面があります。一時避難所となる7階に入りきらない場合、使えるように」
2階オフィスの一部は防災対策室にもなり、複数の防災倉庫や非常用電源、蓄電池などもあちこちに整備済み。水や食料も備蓄しています。
地球単位の気候変動の影響下、日本は常にどこかで大規模な自然災害が起こっている状況になりつつあります。公共性の高い建築に防災機能を持たせることは、もはや大前提かもしれません。
「寒くて空調効率が悪い」旧館の記憶を糧に省エネ建築をめざす
倉敷商工会館は、2020年度にZEB Readyランクとして認定されました。前述通り商工会議所の建物としては全国初ですが「省エネについては、建て替えるまでみんな漠然とした感覚でした」と井上さん。
旧館ではっきりしていたのは「エアコンの効きが悪くて冬が寒いこと。空調効率が悪いこと」。
以前から勤務するスタッフも「オフィスも会議室も底冷えがして、足元が寒かったです。窓際にはすきま風もありましたね」と振り返ります。
夏は夏で空間計画に問題があり「使っていないスペースにエアコンの冷気がどんどん流れていました」
空調効率に関しては、さらに現実的な課題もあったといいます。
苦笑しながら井上さんいわく「テナントへの電気料金請求で、計算方法の問題から逆ザヤが生じていたんですよ」
当時からデマンドコントローラーはありましたが使われず、電力量が上がっても対策がなされなかったというのです。「すごく効率が悪いなあ、とずっと思っていました」
その後2014年頃には仕組みに応じて数値を再設定、計算方法も変更して逆ザヤを解消し、今に至ります。
高経年かつテナントが入っていたビルの新築・ZEB化にあたり注意すべきポイントとして、参考になるのではないでしょうか。
エコガラス窓と断熱材で“魔法瓶のように”断熱
旧館で感じられていた“エアコンが効かない・寒い・効率が悪くて電気料金がかかる”には、窓を含む建物外皮の断熱性能が深く関わっています。
空調機器の性能をいくら上げても、断熱力が低い窓や壁や天井は快適な室内空気を外に逃がしてしまい、代わりに冷気や熱気を取り込むからです。
とくにガラスは壁以上に熱を伝えやすく、昔ながらのシングルガラスの場合、夏の熱気の入り込みの約7割、冬の暖房空気の外部流出の約5割が窓を通じて起こっています。
見方を変えれば、窓からの熱の出入りを遮断することで省エネや快適さ向上に大きな効果が期待できます。
新しい倉敷商工会館では、室内窓など一部を除いてすべての窓にエコガラスが採用されました。
さらに屋根・壁・床に厚さ100mmの現場発泡ウレタンフォーム断熱材を吹き付け、床下には50mm厚のポリスチレンフォームを敷きつめています。
断熱力の高い建材で建物をまるごと包み、魔法瓶のような状態をつくり出しました。
職員の意識が変わった! ZEBで職場も地球環境も改善
倉敷商工会館の環境性能の最新のデータを見ると、館供用開始後の2022年4月から3月までの電気使用量は、旧館時代の同月比をすべて下回っています。
省エネ性能のバロメーターである一次エネルギー消費量も、建築の計画開始時の基準値・設計値と実績値とで比較するとやはり大きく削減されました。
これらの実績は、建物自体の性能に加え、BEMS活用のたまものともいえそうです。
空調はテナント部分も含め全館が2階オフィスでの集中管理下にあります。
最大需要電力は自動制御とし、契約電力を旧館の半分にあたる104kWに設定。もっともエアコンが使われる厳寒期の2月も、最大電力需要は103kWと抑え込みました。
堂々の成果です。
「イニシャルよりランニングコストが大事です」井上さんの言葉は、ZEB化建築挑戦にあたって求められる基本的かつ重要な認識のひとつとして、頭に入れておきたい要素でしょう。
その一方で、興味深いお話も。
「このZEB化で、倉敷商工会議所は初めて借金をしたんです。前の商工会館は寄付金や補助金でまかなってきたけれど、今回は絶対パンクできない。人員の採用を抑えたりデジタル化を推進したり、商工会議所全体が変化を余儀なくされました」
「それがお金のあり方やとらえ方に対する全職員の意識を変え、危機感が出てきたのです。働き方を含めて全体の体質改善につながりました」
建築のイニシャルコストはZEB化をめざすか否かで変わります。
省エネ性能を確保する高性能建材や設備の導入が避けられないためで、国や自治体からの補助金を活用するにしても、非ZEB化と比較すれば経費の増大は明らかです。
倉敷商工会館でも、その苦労がありました。
ZEB化した際の事業費がまだ把握しきれていないうちに「急に採択されたんですよ。そうすると見かけのコストはふくらみますよね」会議所内でも大きな議論になったといいます。
自己負担額や今後かかるランニングコストなどを総合的に判断し、最後は井上峰一会頭の決断で、ようやくGOサインが出たのでした。
とはいえ当初想像しえなかった困難が職員のコスト意識向上に結びつき、全所的な体質改善につながったのは、“予期せぬ副産物”を超えて余りある贈り物とも考えられるかもしれません。
実際、ZEB関連のみならず一般に補助金交付を含む公的な支援事業は単年度を基本とするものが多く、建築の計画と申請、工事や竣工のタイミングの難しさに多くの担当者が頭を悩ませるのがすでに日常的な風景となっています。
早急な改善が望まれる課題でしょう。
倉敷商工会館のZEB化実現には、2019年の建て替え決議から2022年の竣工記念式典までの約3年間、施主である商工会議所のほか設計・施工・ZEBプランナーが集まる総合定例打ち合わせと技術定例打ち合わせが30回以上行われています。
並行してネットワークやレイアウト、移転関連など各分野別の会議もまた、膨大に積み重ねられました。
多くの人の知恵と時間そして責任感によって育まれたこの船が、もはや待ったなしのCO2排出削減に寄与する新たな一員となり、地球温暖化・環境破壊を止める力となる。
ZEBの根幹にある使命・存在意義と、名川とともに備中の豊かな文化経済を守ろうとする倉敷商工会議所の姿とが、ごく自然に重なって大海原を航海していく…そんな風景が目に浮かびました。
- 取材協力
- (株)浦辺設計
https://www.urabesekkei.jp/
(株)中電工
https://www.chudenko.co.jp/
- 取材日
- 2023年3月23日
- 取材・文
- 二階さちえ
- 撮影
- 小田切 淳
- イラスト
- 中川展代