日本百名山に名を連ねる筑波山を望む地に奥村組技術研究所を訪ねました。敷地内に並ぶ実験棟群では、最先端の建設技術の研究開発が日々続けられています。
この研究所の管理運営を担う『管理棟』が今回の主役です。2020年に行ったZEB化改修でNearly ZEBの認証を受けました。
「設備の高機能化と汎用的な省エネ技術を組み合わせてNearly ZEBを達成する。それがコンセプトでした」笑顔で迎えてくれた奥村組執行役員・技術研究所長の川井伸泰さんの言葉です。
茨城県
株式会社奥村組 技術研究所管理棟
日本百名山に名を連ねる筑波山を望む地に奥村組技術研究所を訪ねました。敷地内に並ぶ実験棟群では、最先端の建設技術の研究開発が日々続けられています。
この研究所の管理運営を担う『管理棟』が今回の主役です。2020年に行ったZEB化改修でNearly ZEBの認証を受けました。
「設備の高機能化と汎用的な省エネ技術を組み合わせてNearly ZEBを達成する。それがコンセプトでした」笑顔で迎えてくれた奥村組執行役員・技術研究所長の川井伸泰さんの言葉です。
1986年竣工のRC造4階建は、国内初の本格的な実用免震建物です。近現代日本建築史の記念碑のひとつであるこの建物は、最初期の免震技術を実証する施設として30年以上も多様なデータを蓄積し続け、油圧ジャッキで建物全体を人工的に揺らす“自由振動実験”も数度にわたって行っています。
このレガシーを尊重し、今回のZEB化改修においても『外観はできるかぎり変えない』が前提となりました。
具体的な改修計画が始まったのは2017年。研究所内に建つ建物群が築30年を迎え「大規模改修が現実味を帯びてきた時期でした」と、奥村組東日本支社建築設計部の奥原剛史さんは話します。
研究所側の担当は企画・管理グループ、設計部側は通常の設計に加えてZEBチームを結成し、2018年から1年をかけて入念な検討と設計がなされました。その後工事に1年を費やし、2020年に大規模改修事業が完了したのです。
既存実験棟の改修や新設棟が含まれるものの、メインの計画はやはり管理棟ZEB化改修でした。
将来、建設会社として建築主にZEB化を提案するための「ショーケースです」と川井さん。つくる側と使う側両方の経験は貴重な実績にほかなりません。
さらに、計画当初から掲げられたのがNearly ZEBの達成です。ZEB Readyが圧倒的多数を占める日本国内のZEB化事業にあって、より高い技術や志が求められる目標です。
その理由は「管理棟自体がもともと環境性能の高い建物だったから」。ZEBプランナー登録した建設のプロフェッショナルとしても「ZEB Readyではダメ。いかにコストをかけずにNearly ZEBを達成するかが課題でした」
管理棟の主な改修点は
・太陽光発電パネルによる創エネ
・タスクアンビエントやセンサー設置による照明の省エネ化
・高効率空調機器への更新
・外壁と開口部の高断熱化
です。
屋上に設置された太陽光発電パネルは総発電量32.5kWh。全量自家消費で各実験棟にも供給しています。Nearly ZEB実現の立役者でもありますが、技術研究所環境研究グループの岩下将也さんいわく「建物の階数が多いと、屋上という限られたスペースでの十分な創エネは難しくなります」。
改修前の屋上には植栽スペースもありましたが、すべて発電パネルに置き換えられたといいます。太陽光発電を考える際、覚えておきたい話です。
照明の改善にも力が入れられました。
オフィスビルのエネルギー消費量で、一般に照明は空調に次ぐ大きな割合を占めます。そんな中での実効性ある省エネ策として、各地のZEB化改修の現場ではタスクアンビエント照明の採用が増えてきています。
管理棟でも、全館LEDの採用と昼光センサー付タスクアンビエント照明が導入されました。明るさはアンビエント300lx、タスク750lxに設定し、内装や机・什器類を白色系に統一することで室内全体の反射率もアップ。さらにアンビエント照明を上下配光にして天井にも光を当て、拡散させています。
結果、78%という高いエネルギー削減率につながりました。
そして、最大のエネルギー消費要素である空調分野では、窓と壁が構成する建物外皮の高断熱化と空調機器の高効率化を同時に図り、49%の削減率を達成しています。
こうして換気やエレベーターの省エネ分も含めた建物全体のエネルギー消費は、基準値に対し55%の削減率になりました。
ここに太陽光発電の創エネを加えて最終的な全体削減率76%を達成し、Nearly ZEBの評価を獲得。さらにBEI=0.24でBELS五つ星も取得し、ZEBリーディング・オーナー認定もかないました。
計画当初の高い志は見事、実現されたのです。
開口部の断熱化には、エコガラスの窓が採用されました。
管理棟には、バルコニーのある南側と反対側の北面とに大きな開口が連なります。ここを改修対象とし、既存の窓枠の上に新しい枠を取り付けて、壁躯体を壊さず窓を取り替える“カバー工法”で工事が行われました。
FIX窓と片引き窓を組み合わせた窓自体のスタイルはほぼ変えずに、エコガラスに入れ替えて高い断熱性能を与えています。
建築設計部設備課課長の坂崎隆さんは「空調負荷の削減には外皮性能の役割が大きい」と話します。
「照明のエネルギー消費量はLEDなどでけっこう簡単に削減できるんですよ。一方、空調のエネルギー消費量を削減したいと考えると、外皮性能の向上が必要。外皮の高断熱化は効果的です」
従来の非住宅建築物のエコ改修では、空調機器と照明機器は最新のものに取り替えても窓には手をつけない、そんな例が多く見られます。コスト面に加え、エアコンや明かりと比べて窓の更新は変化が見えづらく、後まわしにされやすい部分もあるかもしれません。
体感だけでなく数値データやシミュレーション結果にも目を向けていくことが、これからの空調エネルギー削減には有効でしょう。
そんな中で目に見える大きな変更が、3階で採用された『自動制御自然換気窓』です。
FIX窓の上部につけられた横すべり出し窓が、室内外の温湿度状態に合わせて自動で開閉し換気します。窓部分の温湿度センサーと、屋上に設置された風速計や雨量計の計測するデータに基づき「人が快適と感じる空気環境に近づくよう」コンピューターが判断して窓の開け閉めを行う仕組みです。
高い技術をベースとしたパッシブな空調が、緑濃い窓辺で行われていました。
体感面も気になります。もともと高めの環境性能を備えていたとはいえ、Nearly ZEBレベルまでアップした建物の執務空間はどれだけ変化したのでしょうか。
「改修後も、執務者向けのアンケートを継続しています」と話すのは、建築設計部技術工務課の中西史子さん。計画当初からZEBチームの一員として計画に携わり、現在も外部向け広報を含む計画全体のフォローを続けています。
アンケートは執務者それぞれのパソコンに直接送られ、その場で回答・返信できるシステムです。温熱面や光環境等の快適性について「朝・昼・晩、夏と冬そして中間期で答えてもらいます。自由コメント欄もありますよ。全体の傾向を把握分析し、設計部と共有しています」
毎日使うパソコンで手軽に答えられ、回答率は高いとのこと。体感面データの継続収集は、数値のそれとは異なる貴重なものに違いありません。
改修プロジェクトの技術研究所側キーパーソンであり、勤務歴も長い企画・管理グループ長の河野政典さんは「以前はバルコニーがヒートブリッジになって、室内が冷えやすかったんですよ。特に月曜の朝は建物が冷え切っていて寒かったです」と振り返ります。
「断熱性能が向上したためか、今は寒さを感じることはほとんどなくなりました。これはどの執務者も感じていると思いますね」
建築設計部ZEBチームの佐藤彩加さんは、とくに照明について「管理棟は“攻めているビル”だと思います」。オフィスビル改修でのNearly ZEB達成に欠かせない「照明でのエネルギー消費量を全体で削減するため、厳しいタスクアンビエント調整をしました」と振り返ります。
そこに河野さんから「仮設事務所から戻ってきたときは少し暗い印象を受けましたが、タスクアンビエント照明の考え方を理解すれば当然と思います。今は慣れてきたこともあり、暗さを感じることはなくなりました」と、実際の使用者ならではのコメントが添えられました。
管理棟は一般的なオフィスビルとは少し違う顔も持っています。
常駐するスタッフの多くが研究者で、実験棟を離れて管理棟のデスクにつくときは、作業や事務仕事より研究課題に対して集中していることが多いのです。
この特性から、各デスクのパーティションは一般的なものより高めにつくられ、執務内容に合った環境を整えています。
近年、国内では少なくない小・中規模オフィスビルが高経年化し大規模改修の時期を迎えています。そしてその多くが機能や設備機器の限界に伴う“止むを得ない改修”になりがち。
川井さんは「少し考える余裕があればちょっとしたことでZEBになりますよ、と伝えたい」と話します。
今回のZEB化改修で設計部とディスカッションを重ねたことで「省エネは難しくない。ある程度のお金をかけ、さらにタスクアンビエント照明など環境の変化を受容するなら」とわかった、とも。けれどそのためには「慣れ、そして我慢できる範囲を見極めなければなりません。オーナーだけ満足して社員が我慢している状態ではダメでしょう」
当事者となることで見えてきた、執務者からのクレームも含むZEB化改修の実際。技術研究所ではさらなる経験と知見を得ながら改善を続け、今後は蓄電池の設置やセンサーの配置換えなども含めてZEB 化のマネジメント提案につながる実績を積んでいくといいます。
地球温暖化防止対策として注目されてきたZEB。けれどそこで実現される室内温熱環境の改善や光熱費削減は、建物を使う人々にとっても恩恵以外の何ものでもありません。
無理のないコストで、高いエネルギー削減率を達成し、かつ快適な建物。SDGsが声高に叫ばれる現在、ZEB =ネット・ゼロ・エネルギー・ビルが真に普及していくか否かは、ここにかかっているのではないでしょうか。