事例紹介/リフォーム ビル

9階建ビル、工期は6日間
ファサード窓を全面エコ改修(後編)

-大阪府 住化不動産横堀ビル-

Profile Data
立地 大阪府大阪市
建物形態 SRC造地上9階地下1階塔屋1階(1981年竣工)
利用形態 オフィステナントビル
リフォーム工期 2012年及び2015年
窓リフォームに使用したガラス エコガラス(遮熱真空ガラス)
施工 日本板硝子ウインテック(株)

遮熱エコガラスに換えた窓でオフィスの暑さも温度ムラも軽減

8階に居を構えるこのテナントオフィスは、小ぶりながら西面は大きな開口部となっている。エコ改修にともない、スタッフの要望を受けて窓枠に細い横桟を一本取りつけた。安心感が増したという

林さんは勤続12年。「改修後もブラインドは下ろしていますが、全部閉ざすのは暑いときだけ。それ以外は外が見えるようにしています」

道路一本隔てた真向かいに、阪神高速道路が走っている

オフィス中央部の空き机に、黒くて丸い物体が鎮座していた。中には温湿度計が仕込まれ、ケーブルで外のデータロガーとつながっている

同じ計測器が窓際にも設置されていた

今回選ばれたのは、基本の断熱性能+外部からの日射熱を和らげる性能を高く設定した“遮熱タイプ”のエコガラスです。
テナント企業のスタッフに改修後の体感をうかがいました。

「前は暑いのを我慢して仕事していました、汗をかきながら(笑)今は涼しいですね」笑顔で話してくれたのは林 寛美さんです。

改修以前の夏は、午後いっぱいブラインドをぴったり閉めて日差しをシャットアウト。それでも暑さを感じていて「外の気温が一番高い時刻から少しずれて、暑くなるんです」
工事の後は、午後2時から4時の間だけブラインドを閉めればしのげるようになりました。“明るいけれど暑くないオフィス”になったのです。

3台あるエアコンも常時稼働が2台に減り、さらに朝の出勤時に室内にたちこめているムッとした熱気も少なくなりました。スタッフが退出してエアコンが止まる夜間も、窓から入ろうとする熱い外気をエコガラスが遮断し、日中の冷気が保たれているのでしょう。

林さんからは、騒音軽減の効果も語られました。横堀ビルの30m西には阪神高速道路が走っていて、その高架より上に位置する4階以上のフロアでは、とくに緊急車両の音など頭の痛い問題だったのです。
「このエコガラスは遮音性能もJIS等級T2をクリアしています」と施工担当の矢原さん。日常業務への好影響は、こんなところにもあるようです。

1階に降り、改めてビル管理を担当する住化不動産のオフィスを訪ねると、机の上に見慣れない機器がありました。
「中に温度計が入っていて、光と関係なく温湿度がモニターできるんですよ」と武本さん。見回せばあちこちに置かれています。東京工業大学の研究室が測定を続けており、オフィス風景の一部となっているようです。

この調査を続けてわかったのは、“室内の温度ムラがなくなった”ことでした。

窓際は外の影響を受けやすいところです。建物の壁面から3~5mのこのエリアは“ペリメータゾーン”と呼ばれ、空調機器の能力も他のエリアより少し上げるのが定石とされています。

しかし改修後の横堀ビルでは「エアコン室内機の設定を窓際も中央部も同一にできたのです」と武本さん。高い断熱・遮断力を持つ窓で得られるこの効果を「新しい建物をつくる際にも考慮していいのでは、と思いますね」と続けました。
空調効率向上にも当然つながる要素といえるでしょう。


管理者・施工者・テナントが情報共有し、スムーズな工事に

8階を除く全フロアにそれぞれひとつのテナントが入っているが、西日の暑さを訴える声は共通していたという
工事発注後の追加変更は皆無だった。武本さんと矢原さん、それぞれのプロフェッションがかみ合った緻密な計画のたまものだろう

エコ改修関係者の連携を示すダイヤグラム

横堀ビルには10のテナント企業が入居しています。それぞれの通常業務に支障なく、安心安全に配慮しながら短い工期で改修工事をするためには、管理・施工・テナント間での情報共有や意思疎通、信頼関係が必須なのは想像に難くありません。

管理者と入居企業のコミュニケーションで核となったのは、3ヶ月に一度の割合で各テナントの担当者が一堂に会してきたテナント会議です。

2015年3月、年度始めの会議が開かれました。通常は予算やテナントの要望を確認するこのタイミングで、改修概要が説明されます。
管理担当の住化不動産・不動産事業部が、エコガラスのカタログや体感デモ機を持ち込み、さらにオリジナルの資料を配布して改修内容の理解を進めました。

その後も、土日の施工に立ち会う保安・保全担当業者も交えた追加の説明会等が開かれていきます。一貫して武本さんがワンストップの窓口となることで、テナントの不安や混乱を未然に防いだといいます。

その一方で、施工者と管理者の情報共有も密に行われました。テナントと施工担当者が直接接触しない分、両者の良好な関係はスムーズな工事のカナメといえるでしょう。
打合せは建材発注前に4回、発注後にも2回、行われました。

施工責任者・日本板硝子ウインテックの矢原さんは独自の事前調査を2回実施し、開口寸法などを測ったほか各テナントの室内の写真撮影も行いました。施工前に移動しておいてほしい家具の指示などをコメントとして書き入れ、さらに平面図に記入し、武本さん経由で各テナントに渡したのです。

テナント側は、工事が行われる週末の前日までに都合のよいタイミングで家具を動かしておけばよく、さらに施工の業務自体が減るため、コストダウンにもつながりました。


補助金関連と新築図面の有無は重要ポイント

年季の入った青焼きの手描き図面には昭和55年という記載。竣工の前年に描かれたものだ

築35年という時間を感じさせないオフィス内部

屋上からは、中之島に屹立する大阪フェスティバルタワーが指呼の間。再開発の槌音高い御堂筋にも隣接するこの地で、エコ建築となった横堀ビルの新たな10年が始まっている

テナントとの意識・情報共有と協力も得て、迅速かつローコストな工事に成功した今回の改修劇。管理と施工のキーパーソンそれぞれに、とくに計画を立案する際に頭に入れておきたいポイントをうかがいました。

「補助金関連の動きをよく調べた上で、施工発注するとよいです」と、管理側リーダーの武本さん。
建物のエコ改修向けの支援は国土交通省から自治体、地方公共団体まで、さまざまな事業主体が行っています。内容も補助金交付から優遇税制までいろいろ。
ただし、多くの事業には申請できる建物の種類や書類提出の時期・タイミングなど、クリアすべき独自の条件があります。改修内容そのものと比べれば一見瑣末に見えるこの部分も、実はおろそかにできません。

横堀ビルの改修でも当然のように補助金利用が提案・検討されましたが、ターゲットとした支援制度がテナントビルを対象外としていたため、最終的に申請を見送りました。
さらに支援によっては、改修で新たに設置する設備機器を購入する前に、まずその機器の性能証明書の提出が求められる場合などもあるのです。

補助金対策は、改修計画のスタートと同時並行して取り組んでいくのが肝要ということでしょう。

施工責任者の矢原さんからは、図面の重要性が指摘されました。
「施工にあたってもっとも大きかったのは、新築時の図面が残っていたことなんです。おかげで開口の寸法やガラスの厚みまで全部わかりました。これがないと、窓枠からガラスをはずしてみなければなりませんから」

改修工事では新築図面が残っていないことも多く、その場合は寸法確認もイチから始めることになって、施工の手間も時間も増えます。
エコガラスに入れ替えられた横堀ビルの窓は180枚超、面積にして約300㎡。これだけの規模の寸法確認調査が一日で済んだのは、図面の存在あってのことでしょう。

テナントビルのエコ改修には、工事や設備更新にかかる費用はビル所有者が負担することになり、実際の受益者であるテナントへの負担転嫁がしにくい側面があります。

しかし、1981年の竣工から部分改修を重ねて大切に使われてきた横堀ビルにおいては、できる限りのローコスト改修で断熱・遮熱性能を向上させることで、省エネ効率アップ+職場環境の快適さという“建物の新たな価値を獲得した”といえるのではないでしょうか。

「安い賃料で快適に仕事できるのが一番ですよね」
武本さんの言葉に、“仕事をする場”としての既存オフィスビルの環境を建築のプロとして向上させていこうとする静かな気概を感じながら、オフィス街をあとにしました。


取材協力:日本板硝子ビルディングプロダクツ(株)
取材日:2016年9月27日
取材・文:二階幸恵
撮影:中谷正人

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